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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)4025号 判決

原告 四国化研工業株式会社

右代表者代表取締役 藤井実

右訴訟代理人弁護士 村林隆一

同 今中利昭

同 吉村洋

同 井原紀昭

同 千田適

同 松本勉

同 田村博志

同 釜田佳孝

同 浦田和栄

右輔佐人弁理人 三枝英二

同 掛樋悠路

同 谷川昌夫

同 尾関弘

同 小原健志

被告 大阪特殊合金株式会社

右代表者代表取締役 宮脇健三

右訴訟代理人弁護士 野玉三郎

主文

一  被告は、別紙目録記載の製造方法を使用してはならない。

二  被告は、前項の方法で製造した軽量耐火物を譲渡し、貸し渡してはならない。

三  被告は、前項の軽量耐火物を廃棄せよ。

四  被告は原告に対し、金四五四万九九三五円及びこれに対する昭和六〇年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一ないし第五項と同旨の判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲1記載の発明を「本件発明」という。)を有している。

発明の名称 産業廃棄物からの軽量耐火物の製造方法

出願日 昭和四八年五月三一日

出願公告日 昭和五七年一月六日

登録番号 第一一三六四二七号

特許請求の範囲 別添特許公報該当欄記載のとおり

2  本件発明は、産業廃棄物からの軽量耐火物の製造方法であって、次の構成要件から成るものである。

(1) 電熱や金法によって副生されるシリカ分六五~九五重量%の微粉不定形シリカを出発物質とする(出発物質)。

(2) 右の出発物質に水を加えて混練・造型する(混練造型工程)。

(3) 右の造型物を一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱する(予備加熱工程)。

(4) その後一二〇〇~一五〇〇℃で焼成する(焼成工程)。

(5) 右により得る目的物質は軽量耐火物である(目的物質)。

3  本件発明は、次のような作用効果を奏する。

「通常のガラス発泡物や軽量骨材に比してシリカ分が多いなどの理由により、係る発泡機構によって内部の気泡は独立で均一ち密なものとなっており、耐火度や機械的強度が大きく、また従来からの建築材料用軽量耐火物に比してより軽量でありながら耐火性、熱衝撃強度大きく、耐水性、耐薬品性も極めて優秀である。」

4  被告は、業として別紙目録記載の産業廃棄物から多孔質粒体を製造する方法(以下「イ号方法」といい、これによって製造された多孔質粒体を「被告製品」という。)を使用している。

5  イ号方法は、次の技術的構成から成るものである。

(1) 珪素鉄を電気炉で製造する際に発生するシリカ分八八~九二重量%の超微細粉末を出発物質とする(出発物質)。

(2) 右の超微細粉末を傾斜した浅い回転円筒体の上部から投入し、その上に水を霧状に噴霧して造粒する(混練造粒工程)。

(3)a 右の造粒体を入口温度約一〇〇℃、出口温度約二五〇℃の乾燥用ロータリキルンで予備加熱し、乾燥する(予備加熱工程)。

b 右の乾燥直後、造粒体に癒着防止のため水酸化マグネシウム粉末を添加、攪拌して造粒体の表面に均一に付着させる(癒着防止剤付着工程)。

(4) 右の造粒体を焼成用ロータリキルンで一二一〇~一二四〇℃で焼成することにより発泡させ、右の発泡をした後、直ちに炉外の空中に落下させて急冷する(焼成工程)。

(5) 右により得る目的物質は多孔質粒体である(目的物質)。

6  本件発明とイ号方法とを対比すると次のとおりである。

(一) 本件発明の出発物質とイ号方法の出発物質とは差異がない。

したがって、イ号方法の技術的構成(1)は本件発明の構成要件(1)を充足する。

(二) 本件発明の構成要件(2)は、前記出発物質に「水を加えて混練・造型する」ものである。一方、イ号方法の技術的構成(2)は、出発物質を傾斜した浅い回転円筒体の上部から投入し、その上に水を霧状に噴霧して造粒するものであるところ、出発物質の上に「水を霧状に噴霧する」ことは本件発明のいう「水を加える」ことであり、それを「水を噴霧しながら円筒体により回転する」ことは本件発明のいう「混練する」ことであり、また「造粒する」ことは本件発明のいう「造型する」ことである。

したがって、イ号方法の技術的構成(2)は、本件発明の構成要件(2)を充足する。

(三) 本件発明の構成要件(3)は、前記造型物を「一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱する」ものである。

これに対応するイ号方法の技術的構成(3)aは、前記造型物(造粒体)を「入口温度約一〇〇℃、出口温度約二五〇℃の乾燥用ロータリキルンで予備加熱し、乾燥する」ものである。すなわち、イ号方法のロータリキルンは、入口温度約一〇〇℃から徐々に温度を上昇して出口温度約二五〇℃に至るものであるから、該ロータリキルン内に一五〇~二五〇℃の温度領域を有する。そうすると、ロータリキルンに装入された造型物(造粒体)が入口温度約一〇〇℃から移動しつつ出口温度約二五〇℃に至る過程の「一五〇~二五〇℃」において本件発明の構成要件(3)の数値範囲内に属する。

したがって、イ号方法の技術的構成(3)aは、本件発明の構成要件(3)を充足する。

(四) イ号方法には技術的構成(3)bの癒着防止剤付着工程があるのに対して、本件発明はこのような工程を有しない。

しかし、イ号方法の右工程は、本件発明の予備加熱工程(構成要件(3))と焼成工程(同(4))との間に介在された単なる付加工程にすぎない。けだし、本件発明は、イ号方法のような癒着防止剤付着工程を予備加熱工程と焼成工程との間に介在せしめることを排斥していない(このような工程を介在せしめてはならないことは明細書のどこにも記載されていない。)。また、右工程は、造粒体の癒着防止のためであり、造粒体の焼成そのものに影響を与えるものではないからである。ちにみに、水酸化マグネシウムは、加熱すると分解して酸化マグネシウムとなるものであり、酸化マグネシウムはいわゆる耐火物材料であるところ、耐火物材料を癒着防止剤として用いることは公知である。

したがって、右の癒着防止剤付着工程により、イ号方法が本件発明の技術的範囲から逸脱するものではない。

(5) 本件発明の構成要件(4)は、前記予備加熱後の造型物を「一二〇〇~一五〇〇℃で焼成する」ものである。これに対応するイ号方法の技術的構成(4)は、前記造型物(造粒体)を「焼成用ロータリキルンで一二一〇~一二四〇℃で焼成することにより発泡させ、右の発泡をした後、直ちに炉外の空中に落下させて急冷する」ものである。

しかして、本件発明の焼成温度は、右の「一二〇〇~一五〇〇℃」の数値範囲を有するものであり、イ号方法の焼成温度は、その範囲内に属するから、本件発明と相違しない。なお、本件発明の右数値範囲下限値の意義は、「一二〇〇℃以下では一定の倍率を有する発泡が生じ難く」という点にあるから、イ号方法が造型物を「発泡」させることは本件発明の趣旨に合致し、イ号方法が発泡後に「急冷」することも本件発明との相違ではない。

また、本件発明は、加熱温度を必須要件とする反面、加熱時間を必須要件としていない。すなわち、本件発明と同一技術分野における製造法の特許発明については、温度の数値限定をすることはあっても、時間の限定をしないのが一般であり、本件発明の場合も、目的を達するまで加熱を続行すればよく、その時間は作業の段階で適宜決定されるものであり、絶対的な基準がある訳ではない。本件発明は、明細書の実施例6によると「帯長の長いロータリキルンで約三〇分間を要して(最高温度一三〇〇℃)、焼成したところ」とあり、長いロータリキルンの間を約三〇分間焼成するものであるが、最高温度で三〇分間焼成するものではなく、最高温度を通過するのは数分にすぎないのである。したがって、イ号方法において造粒物が焼成用ロータリキルンで一二一〇~一二四〇℃の温度領域を通過する時間が一・五~二分程度にすぎないとしても、本件発明と差はない。しかも、本件発明は、「発泡終了後の加熱は必ずしも必要ではない」としており、発泡後もさらに長時間加熱することを要件としておらず、実施される微粉不定形シリカのシリカ分含有量、水の配合量を始めとする成分組成、被焼成物の形状及び大きさ、加熱温度、ロータリキルンの構造等によって加熱時間を適宜定めるものであり、その現象に応じて短時間のみ加熱する場合も含むものである。そうすると、本件発明は、右の最高温度通過時間が耐火物を得るために必要な時間であるとしているものであり、イ号方法の右最高温度通過時間が一・五~二分程度であるとしても、それにより耐火物を得るものである以上、本件発明の構成要件(4)を充足するものである。

したがって、イ号方法の技術的構成(4)は、本件発明の構成要件(4)を充足する。

(六) 本件発明の目的物質は「軽量耐火物」であり、明細書の発明の詳細な説明に「本発明は、金属精錬工業等で、産業廃棄物として多量に副生され廃棄される微粉不定形シリカの有効利用に関するものであり、就中上記微粉不定形シリカを用いて容易に軽量な耐火物を製造する方法に関するものである」と記載され、次いで、建築材料用軽量耐火物として知られているものとして珪酸カルシウム板等の耐火物が開示されている。しかして、建築大辞典によれば、耐火材料とは「ある一定時間中、火災や熱などを受けて高温になっても、物質の性能が低下したり変化したりすることが少ない材料。コンクリート、石材など。」をいう。そして、右の耐火材料かどうかは、「建築構造部分の耐火試験方法」(JIS規格)によって判定されるのであるが、それによれば、八四〇~一〇九五℃の温度による加熱に耐え得るものを耐火材料ということができる。

このように、本件発明の耐火物とは建築材料用軽量耐火物であり、このため、軽量耐火物を製造する方法として一五〇~一〇〇〇℃の予備加熱と一二〇〇~一五〇〇℃の本焼成を行うものである。

これに対し、イ号方法の目的物質は「多孔質粒体」であり、その焼成工程により、前記JIS規格に規定された八四〇~一〇九五℃を大幅に越える一二一〇~一二四〇℃で焼成されたものであるから、これが耐火物であることに疑いはない。ことに、被告製品の軟化点は一三五〇℃以上であり、本件発明と全く同様に「もはや該焼成温度では軟化しなくなる現象を生ずる」ものである。また、本件発明は、明細書の実施例6において、かさ比重〇・三五~〇・四〇、圧縮強度三kgの耐火性、耐水性の優れた軽量骨材を説明しており、これに対して、被告製品は、右以上の比重と荷重に耐え得るものであるから、当然に本件発明にいう耐火物である。

したがって、イ号方法の技術的構成(5)は、本件発明の構成要件(5)を充足する。

(七) 以上のとおり、イ号方法は、本件発明のすべての構成要件を充足するものであり、その結果、本件発明と同様の作用効果を奏する。

よって、イ号方法は、本件発明の技術的範囲に属する。

7(一)  被告は、昭和五七年一月六日から同五九年一二月末日までの間に、イ号方法によって被告製品を次のとおり製造して、訴外旭硝子株式会社に販売した。

年度(昭和)

数量(トン)

金額(円)

五七

六五〇・二六〇

六四、七〇〇、八七〇

五八

三九三・四九〇

三九、〇五九、四九二

五九

三七九・四二五

四七、九〇四、一七〇

合計

一五一、六六四、五三二

(二) 右の実施料相当額は、国有特許権実施契約書に基づき右販売価額の三パーセントが相当である。

そうすると、右の実施料相当額は四五四万九九三五円となり、原告は、右同額の損害を被った。

8  よって、原告は被告に対し、本件特許権に基づき、イ号方法の使用の差止、イ号方法で製造した被告製品の譲渡、貸し渡しの差止及び廃棄を、不法行為に基づく損害賠償として金四五四万九九三五円及びこれに対する不法行為の後である昭和六〇年一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4のうち、別紙目録中「焼成用ロータリキルンで一二一〇~一二四〇℃で」とあるのは「真の温度が入口温度約五三〇℃、出口温度一二一〇~一二四〇℃の焼成用ロータリキルンで」と訂正されるべきであるが、その余の事実は認める。

3  同5のうち、(4)の「焼成用ロータリキルンで一二一〇~一二四〇℃で」とあるのは前同様に訂正されるべきであるが、その余は認める。

4  同6のうち、(一)の事実及び(四)冒頭の「イ号方法には技術的構成(3)bの癒着防止剤付着工程があるのに対して、本件発明はこのような工程を有しない。」ことは認めるが、その余は争う。

5  同7の(一)の事実は認め、(二)は否認する。

三  被告の主張

1  イ号方法は、以下に述べるとおり、本件発明の技術的範囲に属しない。

(一) まず、本件発明の技術的範囲は、本件発明の特許出願当時の技術水準からすれば、本件発明における予備加熱後の焼成を、一〇〇〇℃を越えかつ一二〇〇℃未満の温度範囲には曝さないで、一挙に一二〇〇~一五〇〇℃の温度範囲で、しかも焼成工程の間終始この温度範囲に保つという特定の条件のもとにおいて行うことを必須条件とする限定されたものである。

すなわち、本件発明の特許出願当時の技術水準をみると、①昭和一〇年実用新案出願公告第三一二三号五徳、②特許出願公告昭四七―一一四三九号無機軽量骨材の製造法、③特許出願公開昭四七―三九三〇九号耐火性材料の製造法、(4)特許出願公開昭四八―一六九一九号人工軽量骨材の製造法、⑤特許出願公告昭四四―三二一七四号SiO2系およびSiC系キャスタブル耐火物の製造法、⑥特許出願公告昭四三―一一七六三号条発泡細胞状耐火物体の改良された製造法、⑦特許出願公告昭四八―一八〇八六号発泡性物質の製造方法が存在し、これらを総合すれば、次の各技術が本件特許出願前公知であった。

(1) 不定形シリカと気孔形成物質とから、焼成により組織内に無数の微細気孔を形成して軽量耐火物を製造すること。

(2) 不定形シリカを多量に含んだフライアッシュ等に水を加えて成型し焼成すること、さらにこれら原料に膨張発泡促進剤として一~一〇%相当の硫酸を添加して成型し焼成すること、或いは微粉不定形シリカであるホワイトカーボンを主成分とし、これに金属酸化物又は無機ゾルを添加して成型し焼成して発泡させ軽量耐火物を製造すること。

(3) 電熱や金法によって副生される微粉不定形シリカを単独若しくは混合して焼結物の原料として用い、これに水を加えて混練・造型し焼成して発泡させ軽量耐火物を製造すること。

(4) 発泡は珪酸アルカリ中の水とホワイトカーボン中の結晶水の気化、ダストに含まれる炭素の酸化鉄などとの反応による炭酸ガスの発生等によるものであり、発泡剤として機能する温度は炭素の場合約九〇〇℃以上、炭化珪素は一一〇〇℃以上である。

(5) 加熱温度については、湿式成型した場合は焼成前に予め乾燥し、その温度は一〇〇〇℃以下であって、普通二〇〇℃から一〇〇〇℃の温度上昇に伴う加熱で水分を除去しつつ発泡現象を継続させ、さらにこれを一〇〇〇℃から一五〇〇℃まで加熱焼成することにより、造粒物が発泡するとともに内部にガラス状物質を形成し、良質の軽量耐火物を製造すること。

右事実によれば、本件発明の構成で新規性があるのは、一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱後に一挙に一二〇〇~一五〇〇℃で焼成し、その間に一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲に曝すことはないという特定の条件において加熱焼成することであり、その余はすべて出願前公知であり、本件発明の特徴とすべきものではない。

(二) 本件発明の加熱方法が右のとおり、一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲に曝さないという特定の条件でなされるものであることは、本件発明の出願経過からも明らかである。

すなわち、本件発明の特許出願に対し、特許庁は、昭和五三年一二月二五日付をもって、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができないものであるとして拒絶理由通知書を発したが、これに対し、原告は、昭和五四年三月一二日自発的に特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の項を一部訂正した手続補正書を提出するとともに、意見書をもって本件発明の特徴を明確ならしめた。右意見書には「本願はこの焼成工程が特異で、いったん一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱した後、一二〇〇~一五〇〇℃で焼成するという二段階方式をとり、然も一〇〇〇℃を越え、一二〇〇℃を越えない温度範囲には曝しないゆえに軽量性が高く、耐火性、熱衝撃強度大きく、耐水性、耐薬品性も極めて優秀な軽量耐火物が得られるのである。」、「しかも係る本願の単一もしくは二成分配合物は水を混合して混練、造型した後一五〇~一〇〇〇℃の温度で予備加熱され、次に一〇〇〇℃を越え、且つ一二〇〇℃未満を通過せず一気に一二〇〇~一五〇〇℃の温度下に曝すことにより比重の非常に小さな軽量体が得られる。」、「しかしながら、引例4には……発泡膨脹に該当するような記載は一斉なされておらず、本願のごとき予備乾燥後、一挙に一二〇〇~一五〇〇℃で加熱焼成することも何ら述べられていない。それゆえ本願が軽量耐火物を特定の温度範囲で焼成することによって得る発明を開示しているのに比し、引例4は何等軽量化を示唆する箇所もなく、勿論得られる耐火物の性質も各々異なる。」、「本願はこのような不定形シリカを特定の条件下で加熱焼成することによって初めて軽量性の大きい軽量耐火物を得ることに成功したものである。」と記載されている。

右のとおり、原告は、出願過程において、本件発明の焼成工程が一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲に曝さないという特定の条件でなされることを明確に述べているのである。そして、その後の出願過程においても右意見は撤回されることなく、また二段階加熱方式についての構成等が補正されることもなかったのであるから、権利行使の段階で右と異なる主張をすることは、禁反言の原則に照らして許されない。

(三) 前記の特定条件で加熱する目的とその作用効果は、本件公報によれば次のとおりである。

① 造型した後予め一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱を施し焼成と同時に該造型物を発泡せしめるもので且つ軽量化をはかるものであって、微粉シリカは不定形であるがために比較的低い温度で軟化状態を示し、従って一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱した後一二〇〇~一五〇〇℃での焼成によって一端溶融した微粉シリカはガラス化し、それと同時に微粉シリカに含まれている不純揮発成分が蒸発して造型物を発泡させ、微粉シリカの固有ガラス転移点を急激に上昇させてももはや該焼成温度では軟化しなくなる現象を生ずるのである。

② かくして得られた造型物は、まず一五〇~一〇〇〇℃、望ましくは三〇〇~七〇〇℃で二〇分~三時間程度加熱して該造型物中の水を蒸発、ほぼ絶乾状態にし、その後一二〇〇~一五〇〇℃で一〇分~二時間程度加熱してやると、該造型物は徐々に発泡を開始し……、更に必要に応じて上記焼成温度辺での加熱を続けても本発明品が得られるが、発泡終了後の加熱は必ずしも必要ではない。

③ 一二〇〇~一五〇〇℃の加熱によって微粉シリカは漸次軟化溶融するものと解せられ……。

④ 係る際の焼成温度一二〇〇~一五〇〇℃は、一二〇〇℃以下では一定の倍率を有する発泡が生じ難く、一五〇〇℃以上では本発明の目的とする物性を有する軽量耐火物が得難くハニカム構造の粗大な表面凹凸状になるので望ましくない。

⑤ 本発明の重要な要件は、本発明に使用する微粉シリカに含有されている上記不純揮発成分が発泡の推進力となっていることであり、微粉シリカは自ら軟化しながらガラス転移点の高い高珪酸塩系の軽量耐火物を形成する、と同時に発泡することと推定される。

⑥ 本発明の製造工程を経ながらの発泡推進剤の選択には困難を要する。例えば、有機化合物或いは有機金属または金属単体などは比較的低温でその要をなしてしまい、然して発泡物を得るには不充分で、一二〇〇~一五〇〇℃で焼成に移る際には既にその機能を消滅しているのである

右記載によれば、本件発明は、前記特定条件での加熱焼成のみならず、焼成温度である下限の一二〇〇℃と上限の一五〇〇℃という上下の限定温度もまた必須の要素とするものである。

すなわち、軽量耐火物の製造方法において微粉不定形シリカ等に含有される炭素や炭化珪素が発泡剤として機能し、その温度は炭素の場合約九〇〇℃以上、炭化珪素は一一〇〇℃以上であることは出願前公知の事実であるから、本件発明において焼成温度に一二〇〇℃未満を含めると公知の技術として特許されないことになるし、また、一二〇〇~一五〇〇℃での焼成によって微粉シリカを軟化溶融してガラス化させるとともに、一二〇〇℃以下では一定の倍率を有する発泡が生じ難いとするのであるから、右焼成温度の下限である一二〇〇℃という限定は本件発明の必須の要素である。

上限の一五〇〇℃についても、ガラス化と同時に微粉シリカに含まれている不純揮発成分が蒸発して造型物を発泡させ、微粉シリカの固有ガラス転移点を急激に上昇ささせてもはや該焼成温度では軟化しなくなる現象を生じ、かつ一五〇〇℃以上では本件発明の目的とする物性を有する軽量耐火物が得難く、ハニカム構造の粗大な表面凹凸状になるので望ましくないというのであるから、この上限の温度の限定もまた本件発明の必須の要素である。

さらに、明細書の実施例における焼成温度の記載は、すべて一二〇〇~一五〇〇℃の温度範囲内のものであり、一〇〇〇℃を越え一二〇〇℃を越えない温度範囲で焼成することについては全く記載がないのである。

したがって、本件発明における焼成は、一〇〇〇℃を越え一二〇〇℃を越えない温度範囲に曝してはならないという特定条件で行わなければならず、この点が本件発明の本質的特徴である。

(四) イ号方法における焼成は、乾燥用ロータリキルンで予備加熱して乾燥し、癒着防止のため水酸化マグネシウムを表面に付着させた造粒体を焼成用ロータリキルンに入れ、入口部温度約五三〇℃から焼成を始め、出口部温度約一一八〇℃まで徐々に高温になっている長さ約一二・六mのキルン内で約一五~二〇分かけて焼成するものである。

原告は、右焼成温度が一二一〇~一二四〇℃であると主張するが、右数値は鑑定人神野博の鑑定の結果による「真の温度」である。しかし、特許や技術現場において炉内の高温を表示するには、一般に光高温計或いは熱電対策の測定器によって測定された数値をもって炉内温度とするものであり、これらの測定値に、測定に用いた波長、その波長における放射率、第二放射定数等により補正し、複雑な数式によって計算した学問上の「真の温度」によるものではない。したがって、イ号方法の焼成温度についても、あくまで高温度計による測定値によって表示されるべきであり、それによればイ号方法の焼成用ロータリキルンの出口部の最高温度は一一八〇℃である。

イ号方法の焼成工程は、多孔質粒体を造るための造粒体の発泡だけを目的とするため、本件発明の予備加熱の限定温度範囲の五三〇℃から始まって、その七割近い時間は右予備加熱の温度領域にあり、残る三割の時間は、本件発明で曝してはならないとされる一〇〇〇℃を越え、一一八〇℃の温度範囲で焼成するのであるから、本件発明の要件である一二〇〇~一五〇〇℃という限定焼成温度範囲内において焼成せず、本件発明の構成要件(4)を充足しない。

仮に、真の温度で一二〇〇℃を越える部分が出口近くのキルンの長さ約一mに存在するとしても、本件発明の要件である予備加熱と焼成の限定された各温度範囲並びにその結合が前記のとおりである以上、約五三〇℃から徐々に高温となり最終の極く一部の温度が一二〇〇℃を少し越えることがあっても、かかる焼成は本件発明の要件でみる一二〇〇~一五〇〇℃で焼成する技術には属しない。

(五) 本件発明は、産業廃棄物からの軽量耐火物の製造方法に関するものであり、産業廃棄物である微粉不定形シリカを用いて軽量で機械的強度良好、耐火性、熱衝撃強度等のすぐれた軽量耐火物を得るというものである。そのため、造型した後予め一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱を施し、焼成と同時に該造型物の水を蒸発、発泡せしめて軽量化を図り、その後一二〇〇~一五〇〇℃での焼成によって一旦溶融した微粉シリカをガラス化し、同時に微粉シリカの固有ガラス転移点を急激に上昇させて、もはや該焼成温度では軟化しなくなるのである。

これに対し、イ号方法は、珪素鉄製造時に多量に発生するダストから微粉シリカを採取し、この産業廃棄物を公害防止を兼ねて有効に利用するため、これから植物の養液栽培のための砂礫として用いる多孔質粒体を製造するものであって、その使用目的からして病原体を死滅させるためと極めて多孔質にするため、その焼成は発泡温度を限度とし、それ以上に微粉シリカを溶融しガラス化する高度で焼成してはならないのである。

耐火物とは本来工業高熱窯炉の築造にあたり高熱に耐える炉材として使用する材料をいうのであって、日本工業規格耐火物用語においては「耐火物」という用語の意味は「一五〇〇℃以上の定形耐火物及び最高使用温度が八〇〇℃以上の不定形耐火物、耐火モルタル並びに耐火断熱へんが」であるとされ、「耐火れんが」という用語の意味は「窯炉その他高熱で使用する構造物の構築に適する種々の形を持った耐火物」であるとされている。また、窯炉工学ハンドブックにおいても、炉材その他の高温度工業に用いて高温度で溶融しにくい無機物質が耐火物であるとされている。したがって、耐火物というのは、高温の窯炉その他高温で使用する構造物の構築を目的として製造し、これに使用する材料でなければならない。耐火物は、耐火度だけでなく、その用途から圧縮強さも要求される。本件発明は、前記のとおり二段階の焼成方式をとることにより、一旦溶融した微粉シリカはガラス化し、微粉シリカの固有ガラス転移点を急激に上昇させてもはや該焼成温度では軟化しなくなる現象を生じさせる軽量耐火物の製造方法であり、このようにガラス化させた耐火物であるため、明細書の実施例からも明らかなとおり、かさ比重も〇・七〇~〇・九〇と比較的重く、圧縮強度は一九五~二一〇kg/cm2と機械的強度も大きいのである。

被告製品は、前記のような焼成温度、焼成時間及び焼成方法をとった結果、ガラス化しておらず(ガラス化とは、珪酸、アルミナ、石灰等を高温に加熱し、それが溶融流動状態の非晶質のガラスになることをいう。)、かさ比重は〇・四~〇・五と非常に軽く、平均約三・三三kgの荷重で破壊され、圧縮強さも極めて小さいのである。被告製品の耐火性は、原料がシリカ(融点一四一〇℃)、アルミナ(同二〇五〇℃)、酸化マグネシウム(同二八〇〇℃)、酸化カルシウム(同二五七〇℃)等を含むシリカダストであり、原料固有の融点が高いことによるものであって、圧縮強度の極めて小さい多孔質粒体である被告製品を本件発明の軽量耐火物ということはできない。

したがって、イ号方法は、本件発明の構成要件(5)を充足しない。

(六) 本件発明とイ号方法とは、予備加熱工程においても若干相違する。

すなわち、本件発明は、耐火性等の優れた軽量耐火物を得るため、予備加熱工程において、造型物を一五〇~一〇〇〇℃、望ましくは三〇〇~七〇〇℃の高温で二〇分~三時間程度加熱して該造型物中の水を蒸発、ほぼ絶乾状態にするのである。

これに対し、イ号方法は、造粒工程において二〇~二五%の水を噴霧、添加した造粒体を、入口温度約一〇〇℃、出口温度約二五〇℃の乾燥用ロータリキルン内を一五~二〇分間で通過させて、水分約一・五~二%を含有させるように予備加熱する。このように、乾燥用ロータリキルンの温度を低く、かつ造粒体の通過時間を短くして、予備加熱後における造粒体に水分一・五~二%を含有させるのは、予備加熱後の造粒体に癒着防止のため付着させる水酸化マグネシウム粉末が、造粒体を高温かつ長時間予備加熱してほぼ絶乾状態にしたのでは十分付着しなくなるということと、イ号方法が多孔質粒体の製造を目的とするものであるから、予備加熱後の造粒体に水分を含有させることにより、焼成工程において該水分の気化発泡と、さらに水分の蒸発に次いで含有炭素分の酸化が始まり、これによって多孔質の造粒体を得ることができるためである。

よって、イ号方法は、本件発明の構成要件(3)も充足しない。

(七) イ号方法は、予備加熱後の造粒体に癒着防止のため水酸化マグネシウム粉末を添加、攪拌して造粒体の表面に均一に付着させるという、本件発明にはない癒着防止剤付着工程を有しており、しかも右工程は、単なる付加工程ではなく、イ号方法に必須不可欠の工程であるから、この点でもイ号方法は本件発明と異なる。

イ号方法は、耐火物の製造を目的とするものではなく、極めて多孔質な粒体を製造するためのものであるから、乾燥用ロータリキルンで乾燥の後、右工程で造粒体に癒着防止剤である水酸化マグネシウム粉末を添加、攪拌して表面に付着させなければ、焼成工程において造粒体が癒着し満足な多孔質粒体を得ることはできないのである。したがって、癒着防止剤付着工程は、多孔質粒体を製造するためのイ号方法において必要不可欠の工程であって、単なる付加工程というべきものではない。

これに対し、本件発明は、明細書のどこにも右癒着防止剤付着工程を用いうる旨の記載は存せず、むしろ比較例1の第1表比較試料Dの備考には「一〇〇〇℃以上では癒着するため、焼成を八〇〇℃で行った。」とあり、耐火物の製造方法ではかかる癒着防止剤の添加などはかえって有害であることから考えても、本件発明の予備加熱工程と焼成工程の間に癒着防止剤付着工程を付加する技術思想は開示されていないものというべきである。

2  仮に、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属するとすれば、原告は、昭和五一年一〇月二〇日頃被告に対し本件発明につき通常実施権を許諾した。

四  被告の主張に対する原告の反論

1(一)  被告の主張1(一)のうち、被告主張の公知資料の存在は認めるが、その余は争う。これらの資料によっても、電気や金法で副生するシリカダストを主原料としての二段階加熱による製造法は本件発明の出願前公知ではなかった。

(二) 同(二)のうち、本件発明の特許出願に対し特許庁が被告主張の拒絶理由通知書を発したこと、これに対し、原告が被告主張の手続補正書及び意見書を提出したこと、右意見書には被告主張の記載があることは認めるが、その余は争う。

被告は、原告作成の右意見書を引用して、本件発明における「一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱した後、一二〇〇~一五〇〇℃で焼成する」とは、一旦一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱した後、一挙に一二〇〇~一五〇〇℃で焼成し、その間一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲に曝すことはないという特定の条件下で加熱焼成することであると主張する。

しかし、右のようなことは、本件明細書のどこにも開示されていないし、自然法則にも反することである。また、審査経過において提出された意見書は、出願人が審査官に対して拒絶理由を克服するために意見を述べたものであり、それに基づいて特許がされた場合、その限りにおいて発明の内容を解釈する資料となり得るが、本件の場合、審査官は、右意見書の記載にもかかわらず、出願を拒絶査定したのである。したがって、本件発明は、右意見書に記載された特徴を有するものとして特許されたのではない。しかも、本件発明は、その後審判において審理されたが、審判の段階では、発明が右のごときものであることは一切主張されておらず、特許請求の範囲に記載されたとおりの発明として特許されたものである。

したがって、被告の禁反言の主張は失当である。

(三) 同(三)のうち、本件公報に被告主張の記載があること、本件発明の焼成温度の下限及び上限が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

(四) 同(四)は争う。

(五) 同(五)は争う。

被告は、本件発明は、予備加熱工程から焼成工程に一挙に移すものであり、しかも焼成を一二〇〇~一五〇〇℃の温度範囲で行うからこそ、一旦溶融した微粉シリカがガラス化する等して機械的強度、耐火性、熱衝撃強度に優れた耐火物を得ることができるのであり、これに対しイ号方法は、予備加熱の後に一〇〇〇℃を越え一二〇〇℃未満の温度領域を長時間通過して焼成し、この焼成工程では多孔質粒体にするだけであり、これをさらにガラス化して耐火性を高めるものではないと主張する。

しかし、右の点について本件発明の明細書には、「造型した後予め一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱を施し焼成と同時に該造型物を発泡せしめるもので且つ軽量化をはかるものであって、微粉シリカは不定形であるがために比較的低い温度で軟化状態を示し、従って一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱した後一二〇〇~一五〇〇℃での焼成によって一端溶融した微粉シリカはガラス化し、それと同時に微粉シリカに含まれている不純揮発成分が蒸発して造型物を発泡させ、微粉シリカの固有ガラス転移点を急激に上昇させてももはや該焼成温度では軟化しなくなる現象を生ずるのである」、「かくして得られた造型物は、まず一五〇~一〇〇〇℃、望ましくは三〇〇~七〇〇℃で二〇分~三時間程度加熱して該造型物中の水を蒸発、ほぼ絶乾状態にし、その後一二〇〇~一五〇〇℃で一〇分~二時間加熱してやると、該造型物は徐々に発泡を開始し例えば加圧成形された三〇×二〇〇×二〇〇m/m供試体であれば約三〇分間位で発泡を中止し、更に必要に応じて上記焼成温度辺での加熱を続けても本発明品が得られるが、発泡終了後の加熱は必ずしも必要ではない。一二〇〇~一五〇〇℃の加熱によって、微粉シリカは漸次軟化溶融するものと解せられ、微粉シリカ中に不純物として微量に含まれているイオウ、リン、炭素等が徐々に揮発して発泡の推進力となり、これらの量により発泡の度合は多少変化するが目的とする本発明軽量耐火物の必要とされる物性に何ら支障を来すものではない」と記載されている。

本件発明を実施した際の右の現象は、予備加熱された造型物のシリカ分が焼成工程において一二〇〇~一五〇〇℃で加熱されると、軟化された状態からガラス化状態となり、炭素等が徐々に揮発して発泡を促進し、造型物を発泡させるというものである。また、本件発明は、「発泡終了後の加熱は必ずしも必要ではない」とするものであり、加熱により微粉シリカを漸次化溶融せしめ、発泡後に加熱しないものであっても発明が目的とする軽量耐火物の物性に支障はないとし、被告製品を明らかに包含しているのである。

イ号方法は、予備加熱の後、焼成工程において、造型物を一二一〇~一二四〇℃程度で加熱し、造型物の温度を一二二〇~一二四五℃程度とするものであり、これにより造型物を発泡せしめるものである。イ号方法にあっても、焼成により造型物を発泡させる以上は、該造型物を本件発明の意味でガラス化していることは当然であり、本件発明と相違しない。

また、被告は、被告製品はかさ比重〇・四~〇・五であり、平均三・三三kgの荷重で破壊されるものであるから、耐火物ではないと主張する。しかし、本件公報の実施例6によると、かさ比重〇・三五~〇・四〇、圧縮強度が三kgの耐火性、耐水性の秀れた軽量骨材を得ることができたとされており、被告製品は右以上の比重と荷重に耐え得るものであるから、当然本件発明にいう耐火物である。

(六) 同(六)は争う。

(七) 同(七)は争う。被告は、本件明細書の比較例1の第1表比較試料Dの備考の記載を指摘し、耐火物の製造方法では癒着防止剤の添加がかえって有害であると主張するが、右は本件発明の実施例ではなく、比較例に関する記載であり、本件発明の内容を記載したものではない。

2  被告の主張2は、被告の故意又は重大な過失による時機に後れた防御方法であるから、却下されるべきである。

すなわち、本件は、もともと原告が被告に対し特許実施料支払請求訴訟として提起したものであるが、被告が実施契約の存在を否認したので、原告は、昭和五八年九月七日の本件口頭弁論期日で陳述した同年八月一九日付訴の変更申立書により右と交換的に本件特許権に基づく使用販売禁止と損害賠償請求に訴えを変更したものである。そして、それ以後約三年半に亘り原告及び被告は、特許権侵害の有無について攻防を重ねてきたのであり、漸く特許権侵害に基づく損害賠償の主張・立証の段階に入り、かつ原告の主張・立証は昭和六二年五月一三日の本件口頭弁論期日において一切終了したにもかかわらず、被告は右期日に同日付準備書面をもって突然前記主張をしたものであり、右は時機に後れたものであことが明らかであり、右遅滞は少なくとも被告の重大な過失に基づくものである。

被告主張2の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告が業として別紙目録記載の産業廃棄物から多孔質粒体を製造する方法(イ号方法)を使用していること及び右イ号方法の技術的構成を分説すれば請求原因5の(1)ないし(5)記載のとおりであることは、焼成工程「焼成用ロータリキルンで一二一〇~一二四〇℃で」とある点を除いて、当事者に争いがない。

三  本件発明とイ号方法とを対比する。

(一)  本件発明の出発物質は「電熱や金法によって副生されるシリカ分六五~九五重量%の微粉不定形シリカ」であり、イ号方法の出発物質は「珪素鉄を電気炉で製造する際に発生するシリカ分八八~九二重量%の超微細粉末」であるから、本件発明とイ号方法とは出発物質において差異がなく、このことは当事者間に争いがない。

したがって、イ号方法の技術的構成(1)は本件発明の構成要件(1)を充足する。

(二)  次に、イ号方法は、前記出発物質である超微細粉末を「傾斜した浅い回転円筒体の上部から投入し、その上に水を霧状に噴霧して造粒する」混練造粒工程があるが、これは、本件発明の「右の出発物質に水を加えて混練・造型する」混練造型工程の一具体化手段にほかならないものと認められる。

したがって、イ号方法の技術的構成(2)は本件発明の構成要件(2)を充足する。

(三)  次に、イ号方法は、「右の造粒体を入口温度約一〇〇℃、出口温度約二五〇℃の乾燥用ロータリキルンで予備加熱し、乾燥する」(予備加熱工程)ものである。一方、本件発明の予備加熱工程は「右の造型物を一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱する」ものであるから、イ号方法の予備加熱の温度は、本件発明の予備加熱の温度領域に含まれる部分を有することになる。

被告は、本件発明の予備加熱工程は造型物中の水を蒸発、ほぼ絶乾状態にするものであるのに対し、イ号方法の予備加熱工程は水分約一・五~二%を含有させるようにするものであって、ほぼ絶乾状態にするものではないから、両者は相違すると主張する。

成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の予備加熱工程につき、「かくして得られた造型物は、まず一五〇~一〇〇〇℃、望ましくは三〇〇~七〇〇℃で二〇分~三時間程度加熱して該造型物中の水を蒸発、ほぼ絶乾状態にし」と記載されていることが認められ、右事実によれば、本件発明にいう「予備加熱」は、「造型物中の水を蒸発、ほぼ絶乾状態にする程度の加熱」を意味するものと解される。

イ号方法の予備加熱後の造粒体の含水率は、被告の主張によっても一・五~二%という非常に低い数値にすぎず、右以上の含水率であることを認め得る証拠もない。また、被告の主張によれば、イ号方法の予備加熱後における造粒体に右程度の水分を含有させるのは、造粒体に癒着防止のための水酸化マグネシウムを付着させるためと、焼成時の発泡を良好にするためであるというのである。しかし、癒着防止剤付加工程は、後記のとおり単なる付加工程にすぎないし、発泡の点についても、前掲甲第二号証によれば、本件発明も焼成工程において造型物を発泡させるものであることが明らかであり、しかも、後記のとおりイ号方法によって造粒物を発泡させて得られる多孔質粒体の比重は、本件明細書の実施例6で得られる軽量骨材の比重に相当し、本件発明の発泡とイ号方法のそれとの間に格別の差囲は認められないのである。

してみれば、イ号方法における予備加熱後の造粒体が一・五~二%程度の含水率を有しているとしても、右程度の含水率は、本件発明の予備加熱工程が目的とする乾燥状態の範囲内に属するものと認めるのが相当である。

したがって、イ号方法の技術的構成(3)aは本件発明の構成要件(3)を充足する。

(四)  イ号方法においては、予備加熱工程に続いて、乾燥した「造粒体に癒着防止のための水酸化マグネシウム粉末を添加、攪拌して造粒体の表面に均一に付着させる」という癒着防止剤付着工程(構成(3)b)が存在するのに対し、本件発明の構成にはこのような工程は含まれていない。

イ号方法における右癒着防止剤付着工程は、焼成時における造粒体相互の癒着を防止し、その塊状化を回避するためのものであると解されるが、被告は、右工程が多孔質粒体を製造するために必要不可欠であると主張する。しかし、後記のとおり、イ号方法によって得られる多孔質粒体は本件発明の目的物質である軽量耐火物と実質的に相違しないのであり、右工程の存在は造粒体の焼成そのものに影響を及ぼすものとは認め難い。《証拠省略》によれば、軽量骨材の製造過程で癒着防止剤を加えることは、本件発明の出願前から公知の技術であったことが認められるところ、前掲甲第二号証によれば、本件明細書において、予備加熱工程と焼成工程との間に癒着防止剤付着工程を介在せしめることは明示的に開示されてはいないが、これを排斥している趣旨も窺われない。被告は、本件明細書の比較例1の第1表比較試料Dの備考欄に「一〇〇〇℃以上では癒着するため、焼成を八〇〇℃で行った。」との記載があることを指摘するが、右は本件発明の実施例ではなく比較例についての記載であり、本件発明が癒着防止剤付着工程を排除しているとする根拠となるものではない。

以上によれば、イ号方法の癒着防止剤付着工程は、本件発明との対比のうえでは単なる付加工程であると認めるのが相当であり、右工程の存在をもってイ号方法が本件発明の技術的範囲に属しないとすることはできない。

(五)  次に、イ号方法の技術的構成(4)の焼成工程と本件発明の構成要件(4)の焼成工程とを対比する。

(1)  原告の主張によれば、イ号方法の焼成工程は、「造粒体を焼成用ロータリキルンで一二一〇~一二四〇℃で焼成することにより発泡させ、右の発泡をした後、直ちに炉外の空中に落下させて急冷する。」というものであるところ、右の焼成温度の点について当事者間に争いがある。

そこで、右焼成温度につき検討するに、鑑定人神野博の鑑定の結果によれば、被告勝山工場で被告が実施しているイ号方法の焼成用ロータリキルンの最高焼成場所は、右ロータリキルンの原料出口から一~一・五mの間であり、右場所における炎の最高温度は一六〇〇℃以上であり、炉壁の温度は一一九〇℃以上で、一二一〇~一二四〇℃程度と推定され、被焼成物の温度は、右場所で一二〇〇℃以上で一二二〇~一二四五℃と推定される、とされている。そして、その鑑定理由によれば、同鑑定人は、焼成用ロータリキルンに設けられた覗き窓を通して、①光高温計による波長〇・六五μmにおける輝度温度の測定、②放射温度計による放射温度の測定、③白金―白金ロジウム(P―R)熱電対による壁面及び気体温度の直接測定、の三方法で測定し(ただし、③の方法は、最高温度部の位置決定には有効であったが、炎の高温部では過熱使用限度を超えたために熱電対が熔断し、測定の目的を達しなかった。)、①、②の方法で得られた測定値に放射率等による必要な補正を行った結果算出された数値をもって前記鑑定結果たる最高温度であると推定していることが認められる(①と②による補正された数値はほぼ一致しているが、鑑定結果としてはより信頼性の高い①による数値が採用されている。)。右鑑定結果及び手法に照らせば、イ号方法の焼成工程における最高焼成温度は、原告主張のとおり一二一〇~一二四〇℃であると認められる。

被告は、特許や技術現場において炉内の高温を表示するには、一般に光高温計或いは熱電対等の測定器によって測定された数値をもって炉内温度とするものであり、これらの測定値に、測定に用いた波長、その波長における放射率、第二放射定数等により補正し、複雑な数式によって計算した学問上の「真の温度」によるものではないと主張するが、前掲甲第二号証によれば、本件明細書中には本件発明の特許請求の範囲に記載された予備加熱の温度及び焼成温度についてその定義ないし測定方法につき何ら触れられていないことが認められるところ、前掲鑑定の結果によれば、光高温計や放射温度計による測定結果は通常そのままでは真の温度と一致せず、必ず補正が必要であることが認められ、他方、被告が主張するような、特許実務や技術現場においては炉内温度の表示は測定値をもってすることが当業者の技術常識に属すると認めるに足りる証拠はないから、本件発明の特許請求の範囲に調載された温度は「真の温度」を指しているものと解するのが相当である。

本件発明の焼成工程は「一二〇〇~一五〇〇℃で焼成する」ものであるから、イ号方法の焼成工程はその最高温度が本件発明の焼成工程の温度領域の範囲内に属するものということができる。

(2)  被告は、本件発明の出願前に公知の技術を参酌すれば、本件発明の構成で新規性があるのは、一五〇~一〇〇〇℃で予備加熱した後、一挙に一二〇〇~一五〇〇℃で焼成し、その間に一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲に曝すことはないという特定の条件において加熱焼成することであり、本件発明の焼成は右のような意味に解しなければならないと主張する。

そこで、被告主張の公知技術について検討するに、本件発明の出願前に、被告主張のとおり、①昭和一〇年実用新案出願公告第三一二三号五徳、②特許出願公告昭和四七―一一四三九号無機軽量骨材の製造法、③特許出願公開昭四七―三九三〇九号耐火性材料の製造法、④特許出願公開昭四八―一六九一九号人工軽量骨材の製造法、⑤特許出願公告昭四四―三二一七四号SiO2およびSiC系キャスタブル耐火物の製造法、⑥特許出願公告昭四三―一一七六三号発泡細胞状耐火物体の改良された製造法、⑦特許出願公告昭四八―一八〇八六号発泡性物質の製造方法が存在したことは、当事者間に争いがない。

しかし、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、①は硅藻土を主成分とする天然鉱石粉と鋸屑との混練物から五徳を得るものであって、本件発明とは少なくとも用いる原料が異なる。②は硅酸ソーダ、硅酸カリウム等の硅酸塩、炭酸カルシウム、ホワイトカーボンを主成分とし、これに金属酸化物又は無機ゾルを添加、混練してなる高粘性混練物をペレット化した後焼成するもので、本件発明とは少なくとも用いる原料が異なる。③は製錬炉からのSiO2ダストと開孔形成物質を水の存在下に石灰の添加により混練し、成形し、乾燥し、焼成し、れんがを製造するものであるが、混練の際にカルシウムを難溶性にするためにアムモニウム化合物を添付するものであり、本件発明とは少なくとも用いる原料が異なる。④は赤泥を含む原料と電気炉からの副生SiO2ダストの混合物を造粒し、一〇〇〇~一一四〇〇℃で焼成するもので、本件発明とは少なくとも用いる原料が異なる。⑤は電気炉からの副生SiO2ダストを単独で混練する技術も記載されてはいるが、本件発明における乾燥、焼成条件に関する記載がない。⑥はアルカリアルミノ・シリケートの天然産原料に一〇五〇℃より低い温度で安定な発泡(細胞)化剤を混合したものから耐火物を製造するもので、本件発明とは少なくとも用いる材料が異なる。⑦は岩石風化物(鉱山から発生する廃滓、ボタ、フライアッシュ)に発泡促進剤として硫酸を添加したものを成型、焼成するもので、本件発明とは少なくとも原料が異なる。

以上のとおり、被告主張の公知技術は、いずれも本件発明とは少なくとも構成の一部を異にしており、右公知技術の存在を理由として本件発明の焼成条件を被告主張のごとく限定して解さなければならいものではない。

被告の右主張は採用できない。

(3)  被告は、本件発明の焼成が一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲に曝さないという特定の条件でなされるものであることは、本件発明の出願経過からも明らかであると主張するので、検討する。

本件発明の特許出願に対し、特許庁が昭和五三年一二月二五日付をもって特許法二九条二項の規定により特許を受けることができないとして拒絶理由通知書を発したこと、これに対し、原告は、昭和五四年三月一二日に自発的に特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の項を一部訂正した手続補正書及び意見書を提出したこと、右意見書には被告の主張1(二)で指摘の記載があることは、当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告は、本件発明の出願過程において右昭和五四年三月一二日付意見書により、本件発明の焼成が「一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲には曝さない」ものであることを言明していることが明らかである。

しかし、《証拠省略》によれば、原告の右昭和五四年三月一二日付の手続補正書及び意見書の提出に対し、特許庁審査官は同年一一月二九日付で前同様の理由で拒絶査定をしたこと、原告は昭和五五年二月一日審判請求を行い、同年一〇月八日審判請求理由補充書を提出したこと、右審判事件において特許庁審判官は昭和五六年三月一二日付で本件出願は特許法二九条二項の規定により特許を受けることができないとして拒絶理由通知書を発したこと、原告は昭和五六年五月六日付で手続補正書及び意見書を提出したこと、これに対し特許庁審判官は同年五月二二日付拒絶理由通知書をもって、明細書の記載の不備の点を指摘し、本件出願は特許法三六条四、五項に規定する要件を満たしていないから拒絶すべきものであるとしたこと、そこで原告は昭和五六年七月二〇日付手続補正書により明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の一部を補正するとともに、同日付意見書で審判官の指摘の点をすべて補正した旨主張したこと、そして同年八月一一日本件発明につき出願公告をすべき旨の決定があり、昭和五七年八月二四日原査定を取り消し、本願発明を特許すべきものとする審決がなされたことが認められる。そして、右各証拠によれば、原告がこれらの意見書で従来の公知技術との相違点として力説し手続補正書で補正をしたのは、主として出発物質についてであること、原告が出願過程で本件発明の焼成に関して「一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲に曝さない」ということを表明したのは前記昭和五四年三月一二日付意見書においてのみであり、その後の審判請求理由補充書や意見書においては本件発明が右のような特別の焼成条件でなされるものであることは何ら述べられていないこと、原始明細書並びにその後の補正の経過においても「一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲に曝さない」という文言は特許請求の範囲の項にも発明の詳細な説明の項にも記載されたことはなかったこと、特許庁の拒絶理由通知書、拒絶査定、審決においても右のような焼成条件について言及したことはなかったことが認められる。

右認定の事実によれば、原告は、確かに前記昭和五四年三月一二日付意見書において本件発明が「一〇〇〇℃を越え、かつ一二〇〇℃未満の温度範囲には曝さない」という特異な焼成方式をとることを特徴とするものであるかのように述べているけれども、これは本件発明が原材料の加熱工程を温度範囲の懸隔のある二段階としていることを強調する余りいわば不用意に述べたにすぎないものと解され、本件発明を右の点を要件とするものに限定した趣旨のものであるとまでは解し難い。右意見書の提出にもかかわらず本件発明の特許出願は拒絶査定を受けたものであり、その後の出願過程では右のような限定はなされず結局出願公員、登録に至ったものであるし、特許庁でも本件発明の焼成について右のような限定がなされたことを前提として特許を付与したものとは解されない。

したがって、被告の右主張は採用できない。

(4)  被告は、本件発明が特定の条件で加熱焼成することをその本質的特徴としていることは明細書に記載された右加熱の目的と作用効果からも裏付けられると主張する。

本件発明の焼成工程が、一二〇〇~一五〇〇℃の温度領域でなされることを要するものであり、焼成温度の上限及び下限を限定したものであることは、明細書の特許請求の範囲の記載から明らかである。そして、本件公報に被告の主張1(三)の①ないし⑥の記載があることは当事者間に争いがない。右事実と前掲甲第二号証によれば、本件発明においては、予備加熱をして水を蒸発、ほぼ絶乾状態にした造型物を「一二〇〇~一五〇〇℃で一〇分~二時間程度加熱してやると、該造型物は徐々に発泡を開始」するものであり、「一二〇〇~一五〇〇℃の加熱によって微粉シリカは漸次軟化溶融するものと解せられ」、「微粉シリカ中に不純物として微量に含まれているイオウ、リン、炭素等が徐々に揮発して発泡の推進力とな」るものであり、「係る際の焼成温度一二〇〇~一五〇〇℃は、一二〇〇℃以下では一定の倍率を有する発泡が生じ難く、一五〇〇℃以上では本発明の目的とする物性を有する軽量耐火物が得難くハニカム構造となるので望ましくない」のであり、「本件発明の重要な要件は、本発明に使用する微粉シリカに含有されている上記不純揮発成分が発泡の推進力となっていること」である。

本件明細書の発明の詳細な説明中の右のような記載に照らせば、予備加熱後の造型物を一〇〇〇℃を越え一二〇〇℃未満の温度範囲で長時間加熱すれば、造型物を発泡させる推進力となるイオウ、リン、炭素等が消滅してしまい、その後一二〇〇℃以上の温度で焼成しても本件発明が予定する発泡を生じない結果になるおそれがある。しかし、本件発明の焼成工程が一二〇〇~一五〇〇℃の温度範囲でなされることを要するのは、これによって微粉シリカがガラス化するとともに微粉シリカに含まれている不純揮発成分が蒸発して造型物を発泡させ、本件発明の目的とする軽量耐火物が得られるためであるから、一二〇〇℃以上に加熱したときに本件発明の予定する発泡が生じる限り、換言すれば発泡成分が残存している限りは、一〇〇〇℃を越え一二〇〇℃未満の温度範囲に造型物を曝すことも本件発明の禁じるところではないと解される。かえって、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明中の実施例1では「六〇〇℃の電気炉で約三〇分間加熱し、ついで同電気炉を漸次昇温し続けて一三〇〇℃とし」と記載されていることが認められ、造型物を一〇〇〇℃を越え一二〇〇℃未満の温度範囲に曝す実施例が開示されている。

以上のとおり、本件明細書の詳細な説明の記載を参酌しても、本件発明が造型物を一〇〇〇℃を越え一二〇〇℃未満の温度範囲に曝さないという条件で焼成を行うものであると解することはできない。

(5)  検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、イ号方法における焼成は、長さ約一二メートルで傾斜角約三度で回転している焼成用ロータリキルンの上端部から造粒体を投入し、下端にあるバーナー部から噴射される燈油バーナーの炎によって焼成されながら、一五~二〇分でドラム部を移動し、排出口に至るものであること、右焼成用ロータリキルンの入口部付近の焼成温度は約五三〇℃程度であることが認められる。そして、前記のとおり右焼成用ロータリキルンの最高焼成場所は排出口から一~一・五mの間であり、その温度は一二一〇~一二四〇℃である。したがって、イ号方法の焼成工程は、その最高焼成温度は本件発明の焼成の温度範囲である一二〇〇~一五〇〇℃の中に入ってはいるが、右温度範囲の下限である一二〇〇℃以上の温度帯域を通過する時間は、右にみた焼成用ロータリキルンの入口温度、最高温度、入口から最高温度点までの距離等を勘案すると、せいぜい二分程度であると推認される。

しかしながら、本件発明はその特許請求の範囲では焼成時間については何ら限定していない。本件明細書の発明の詳細な説明には、前記のとおり「その後一二〇〇~一五〇〇℃で一〇分~二時間程度加熱してやると」と記載されているから、この「一〇分~二時間程度」というのが焼成時間の一応の目安にはなるが、必ずしも右の時間範囲に限定する趣旨であるとは解されない。前掲甲第二号証によれば、本件明細書の実施例6は、被告製品と同様の粒状物に加工して焼成する実施例であるが、粒状物を六〇〇℃で約一〇分間予備加熱し、さらに帯長の長いロータリキルンで約三〇分間を要して(最高温度一三〇〇℃)焼成するというものであることが認められ、右のようなロータリキルンでは入口から出口まで相当の温度差を有すると考えられるから、一二〇〇℃以上の焼成時間はそれほどの長さにはならないと推認されるが、その時間は必ずしも明らかではない。本件発明の焼成工程は、前記のとおり造型物のガラス化と発泡を生じさせ、本件発明の目的である「従来からの建築材料用軽量耐火物に比してより軽量でありながら耐火性、熱衝撃強度大きく、耐水性、耐薬品性も極めて優秀である」軽量耐火物を得るものでなければならないが、そのような要件を満たす限りは、特許請求の範囲に記載された一二〇〇~一五〇〇℃の温度範囲での焼成時間の長短については限定されないものと解するのが相当である。

イ号方法の焼成時間は前記のとおり一五~二〇分であり、本件明細書の発明の詳細な説明で一応の目安となる一〇分~二時間及び実施例6の粒状物の焼成時間三〇分の範囲内にあるから、イ号方法の焼成で一二〇〇℃の温度に達したときにはまだ発泡成分は残存しており、ガラス化と同時に発泡が生じると推認できるし、後記のとおりイ号方法によって得られる多孔質粒体の性質は、本件発明の目的とする軽量耐火物に該当するものである。

なお、イ号方法の焼成工程は、造粒体を焼成により発泡させた後、直ちに炉外の空中に落下させて急冷させるものであるが、前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明中に「発泡終了後の加熱は必ずしも必要ではない。」と記載されているのであり、本件発明では発泡後の加熱を要求しているわけではないから、イ号方法における発泡後の右のような処理は、本件発明の焼成工程との対比のうえでは問題にならないものと認められる。

以上のとおりであるから、イ号方法の焼成工程は本件発明の焼成工程に該当するものというべきである。

よって、イ号方法の技術的構成(4)は本件発明の構成要件(4)を充足する。

(六)  本件発明の目的物質は「軽量耐火物」である。本件明細書には「軽量耐火物」の定義はないが、前掲甲第二号証によれば、明細書の発明の詳細な説明には「従来より建築材料用軽量耐火物として知られているもの」として珪酸カルシウム板等を挙げ、これらが「軽量化による機械的強度の低下という欠点」その他の欠陥を有していたことを指摘し、「本発明者らは、上記のごとき欠陥を本質的に解明し且つ産業廃棄物を利用することによって軽量で機械的強度良好、更には耐水性、耐薬品性、耐火性、なお且つ熱衝撃強度の秀れた軽量耐火物を得ることに成功したものである。」と記載されており、また「本発明品は……従来からの建築、材料用軽量耐火物に比してより軽量でありながら耐火性、熱衝撃度大きく、耐水性、耐薬品性も極めて優秀である。」との記載のあることが認められ、これらの記載を参酌すれば、本件発明の「軽量耐火物」は建築材料用軽量耐火物をいうものと解され、被告が主張するように工業高熱窯炉の築造にあたり高熱に耐える炉材として使用する材料を指すと解するのは相当ではなく、右のような意味での耐火物の有する耐火性等の物性を具えることまで要求されないものというべきである。

ところで、本件発明にいう「軽量耐火物」は、これまで見てきた明細書の発明の詳細な説明の記載に照らせば、ガラス化し、かつ発泡したものであるとともに、「軽量でありながら耐火性、熱衝撃強度大きく、耐水性、耐薬品性も極めて優秀である」というものであるが、後者の物性の具体的内容については明細書中に一般的な規定はない。しかし、イ号方法によって製造される被告製品は粒状の物体(検証の結果によれば、イ号方法によって焼成された粒体は、焼成用ロータリキルンの排水口から撰別機に送入され、粒体の大きさが三・五mm以下のもの、三・五~五・五mmのもの、五・五mm以上のものの三種類に選別され、右のうち中間の大きさの粒体が出荷されることが認められる。)であるところ、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された六つの実施例のうち実施例6が粒状で被告製品と同様の形状、大きさの軽量骨材を製造するものであり、その物性が開示されているから、これと被告製品とを対比するのが相当である。

そこで被告製品をみるに、《証拠省略》、被告製品の全体、表面ないし内部断面を拡大して撮影した写真であることにつき争いのない検甲第三号証の一ないし七によれば、被告製品はガラス化し発泡した造粒体であることが認められる。次に被告製品の物性を本件明細書の実施例6のそれと比較すると、まず、かさ比重については前掲鑑定の結果によれば、被告製品のかさ比重は〇・六~〇・五一kg/lであることが認められるから、実施例6のかさ比重〇・三五~〇・四〇にほぼ匹敵するものといえる。次に圧縮強度は、《証拠省略》によれば、被告製品の圧縮強度は約三・三三kgであるから、実施例6の圧縮強度(三kg)に相当する。融点については、実施例6の融点は一六二〇℃であるのに対し、被告製品は、《証拠省略》によれば、一三五〇℃で軟化せず、それ以上であることは認められるが、実施例6の一六二〇℃程度のものであるか否かは明らかではない。しかし、本件明細書の発明の詳細な説明では、本件発明においては焼成の結果「微粉シリカの固有ガラス転移点を急激に上昇させてももはや該焼成温度では軟化しなくなる現象を生ずるのである。」と記載されているのであり、イ号方法の場合にもその焼成温度である一二四〇℃より少なくとも一一〇℃以上高い温度でも軟化しなくなる物質が製造されていることになるから、被告製品の融点は本件発明の軽量耐火物に要求される程度の融点の範囲内のものと認められる。さらに、耐火性や耐アルカリ性についても被号製品に異状があると認め得る証拠もないから、この点でも実施例6と差はないものと認められる。

以上を総合すれば、イ号方法の目的物質である多孔質粒体は、本件発明の目的物質である「軽量耐火物」に相当するものと認められる。

したがって、イ号方法の技術的構成(5)は本件発明の構成要件(5)を充足する。

(七)  以上によれば、イ号方法の技術的構成は本件発明の構成要件のすべてを充足するものであり、その結果イ号方法は本件発明の作用効果と同様の作用効果を奏するものと認められる。

したがって、イ号方法は本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。

四  被告は、「仮に、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属するとすれば、原告は、昭和五一年一〇月二〇日頃被告に対し本件発明につき通常実施権を許諾した。」旨主張するが、右通常実施権許諾の事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、原告は、被告の右主張は被告の故意又は重大な過失による時機に後れた防御方法であるから却下されるべきであると主張するが、本件記録上明らかな本件訴訟の経過にかんがみれば、被告の右主張の提出が時期に後れたものとはいい難く、また、そのために訴訟の完結が遅延するものであったとも認め難いので、原告の右主張は採用しない。

五  損害について検討する。

被告が昭和五七年一月六日から同五九年一二月末日までの間にイ号方法によって被告製品を請求原因7(一)記載のとおり製造して訴外旭硝子株式会社に販売したことは、当事者間に争いがない。右販売価額の合計は一億五一六六万四五三二円であるところ、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額を算出するための実施料率については、他によるべき資料もないので、当裁判所に顕著な国有特許権実施契約書(官有特許運営協議会決定、昭和二五年二月二七日特総第五八号、改正昭和四二年五月二六日特総第五三三号、改正昭和四七年二月九日特総第八八号、特許庁長官通牒)の「実施料算定方式」に準拠することとする。それによれば、実施料率は、

実施料率=基準率×利用率×増減率×開拓率

の算式によって求められる。そして、販売価格を基礎として実施料を算定する場合の基準率は、実施価値の上、中、下により四、三、二%の中から選択されるものであるが、本件発明の実施価値については特段の資料もないので、これが「中」とみて基準率を三%とするのが相当である。利用率、増減率及び開拓率についてはいずれも一〇〇%から減ずべき特段の事情も認められないので、それぞれ一〇〇%とする。そうすると、本件発明の実施料率は三%となるから、前記販売価額一億五一六六万四五三二円に右三%を乗じると四五四万九九三五円(円未満切捨)になる。

したがって、原告は、被告の本件特許権侵害行為によって受けた損害の額として右四五四万九九三五円の賠償を被告に請求することができる(特許法一〇二条二項)。

六  以上の次第で、被告に対し本件特許権に基づきイ号方法の使用の差止、イ号方法で製造した被告製品の譲渡、貸し渡しの差止及び廃棄並びに不法行為に基づく損害賠償として金四五四万九九三五円及びこれに対する不法行為の後である昭和六〇年一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は、すべて理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 露木靖郎 裁判官 小松一雄 青木亮)

〈以下省略〉

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